2018/07/16 06:14 午前

始動予定の6月。

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  • 2018/06/07 06:37 午後
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6月に入ってもう1週間。いやはや。お陰様でグラバーの先行版1000部も弊社では品切れとなり、次のプロジェクトへ着手…、
という頭にはなっているのですが、実際はまだその段階には至っていません。
グラバーの発売という一区切りを付けられたということで、今しか無いとばかりに積み残していた会社の体制変更の事々が生じているからです。
加えて、弊社の営業上の最大の柱にして最大の重荷ともなっている枯山水がこの度またしても品切・再生産という局面に至り、
並行してラーも売り切れ再製造、スルー・ジ・エイジズの増産分も着荷…ということで。
端的に申し上げますと、資金と倉庫スペースが限界です(笑)。
3週連続でコンテナクラスの貨物が着荷してる最中、で本日2週目の荷受けを完了した所です。
来週にはラーを再出荷できるようになる!
以前倉庫スペースを拡張し2倍近くとなったことで、「これで当面置き場所の心配は無いワイ」と一同安堵していたのですが、
想定していたよりは遥かに早く倉庫はいっぱいになりました。いや~、大箱のボードゲームなんて作るもんじゃない(笑)。

…とは言え、これだけボードゲームが広く遊ばれるようになり、自分達の取り扱っているボードゲームが堅調に売れていってる有り難い状況ですから、
供給を切らさない仕事をしっかりやった上で次のゲームにじっくりと着手してまいりたいと考えております。
とりあえず倉庫スペースがいくらか空いてお金が戻ってくるまで座禅でも組むしかない気もしますが…できることをやっていこう。

ゲームマーケットを終えて、新たな姿勢。

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  • 2018/05/12 06:13 午後
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さて、ゲームマーケットを終えて、もう1週間。グラバーのリリースを一つの目的にしてきましたので、まずは良かったです。
2016年、第2回東京ドイツゲーム賞の大賞に選出してからの宿題が、一つ終えられた気持ちではあります。

このゲームがどのような物として受け止められ、遊ばれていくか、というのはこれからですが…、滑り出しは良い形と言えるでしょうか。
まあまず初期不良が連発、みたいなことがなくて良かったと思うのですが。
何回作っても、何十回作っても、平穏無事にゲームを製造して流通させる、というのは難しいものです。

ゲームとしては、まあ…買って、遊んでみていただきたいですね(笑)。可能であれば、できる限り早く。
ボードゲームの面白さというのはネタバレ的な側面もありますから、特に1時間以上遊ばせるようなゲームの場合、
あまり識者の意見や評判を耳に入れずに遊んだほうが楽しめるんじゃないかと思います。

ニューゲームズオーダーがオリジナルを出すとなったら、躊躇なく購入、遊んでみる、
と言う風にしていただいてる方が少なからずいらっしゃいます。たいへん有り難く感じると同時に、一番賢い遊び方だとも思います。
「ニューゲームズオーダーが今回あそこまで勢い込んで繰り出してきたやつはどんな感じなのよ」
「東京ドイツゲーム賞で審査員が絶賛したって噂のあれはナンボのもんなのよ」
ということを自分でいの一番に確かめる、という遊びが楽しいと思うんですよ。
そういう一連をご提供しているつもりです。

「で結局、グラバーどうなの?面白いの?」というクエスチョンを今浮かべてる方というのは、
ある意味私たちのサービスの範囲内にいらっしゃると言っても良い(笑)。
皆さんであのゲームを、活かしていただけたら嬉しい限りです。


グラバーの残部の通販等の仕事は残ってはいるわけですが…、さて次の自分の動きは、ということを考えている時間です。
2018年のニューゲームズオーダーの動き方、という部分では昨年ともまた差を付けており、
今次のゲーム制作に向けてガリガリ動き出している、という状況ではありません。
(開始前のプロジェクトが全く無いわけではないですが)2012年春にファブフィブを出した以降のなかでも、一番ゆっくりとしています。
次どうするか…、というのは、落ち着いて考えたいところ。意味のある、面白いことがしたいですね。
今ちょっと興味のあることはちょっと座標がずれる辺りのことで、あんまりお金に直結しない気もしているのですが、
そこに結構本腰を入れたい気持ちもあります。
…と言いながら今年中にリリースしたくはあるボードゲームがあと3つはあるので、それについては進めて参る予定ですが(笑)。
ともあれせっかくパブリッシャーとして成立できた以上、さらに追及して行きたいと思っております。

ゲームマーケット前日。

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  • 2018/05/04 06:44 午後
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さて、ゲームマーケット前日ですね。
有難いことに、かつての修羅場&修羅場な進行とは一線を画しておりまして、ほぼ準備は完了しております。
明日に向けてスタッフが粛々と輸送準備を進行中です。
2日開催ということもありますし、何より事故無しで、元気に参りたいものですねえ。

自分が今回知りたいのは、グラバーというゲームが今、どういうゲームとして受け止められるのか、ということです。
枯山水を出した2014年の秋と、グラバーを出す2018年春の状況の変化について。

自分としては、このグラバー、良いものにできたつもりでいます。特別強い意味があるものにできたのではないかと。
このゲームに深く、そして広い評価がいただけるのかどうか。発売してみるのみですな(笑)。
ということで会場、A33ブースでお待ちしております。よろしくお願い致しますー。

グラバーの話、製品作りのこと。

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  • 2018/04/20 06:53 午後
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[第二回東京ドイツゲーム賞二次審査でのニューゲームズオーダーの初回プレイの動画]
https://www.youtube.com/watch?v=Su9gko0a55U

[最終審査後の講評(音声のみ)]
https://www.youtube.com/watch?v=SEZLUqtjI3Y

[第二回東京ドイツゲーム賞の最終結果発表(の前段の最終協議)]
https://www.youtube.com/watch?v=510RkTvMEuE

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さて、グラバーの話の続きです。上のリンクは、第二回東京ドイツゲーム賞の二次審査以降のグラバー関連動画です。
ニューゲームズオーダーのウェブサイトに公開したルールPDFに加え、
「購入前に内容をより具体的に知りたい、ということであれば」ご覧いただくことも可能です。

このブログでは、ゲーム内容の具体的な所については…、これはパトロネージュについて書いた時もそうだったんですが、
そのものについて発売前にあまり具体的に自分から書くのは避けておこうかなと。
やはり完全にニューリリースとなる新作、オリジナルのゲームですので、「ネタバレ」感があるかと思うからです。
既に「グラバー買おうじゃない、遊んでみようじゃない」と決めている方からすればありがた迷惑になる場合もある。
「グラバーを買うかどうか」「遊ぶかどうか」は、基本的にはプレイヤーのお一人お一人が、自分で決めていただきたいです。
ですので、微妙に中核を避けながら、グラバーの制作周りの話を書いていきたいと思います。


●作者赤瀬よぐさんがアートワークも自らご担当されていること

二次審査(実プレイ審査)で送ってこられたサンプル版のグラバーを見て、自分は「これはズルいな」と思いました(笑)。
後にわかったことだったのですが、作者の赤瀬さんは漫画家・イラストレーターであられ、
応募してきたゲームのルールのみならず、イラストもご自分で描かれています。これは今回リリースする製品版でも同様です。
赤瀬さんの描かれるイラストに、私から依頼・お願いした事々の調整を加えていただき、
現在ご覧いただいているような「グラバー」先行版が生まれました。

自分がルールを書くゲームの絵を自分で書ける…、と言うデザイナーは、シャハトやメルクル等海外の作者でもいますが、やはり武器になります。
(半端な画力であれば、ともすれば自分の絵がゲームの天井を作ってしまうわけですが…)
自らが頭の中で動かしているゲームを、直接自分の手を通じて視覚化できるというのは、
自分は「ゲームデザイナーとしての実力」とカウントしていい部分であると考えます。
そして、パッケージ画像をご覧いただいた方には感じていただけたかと思いますが、
自分は赤瀬さんに描き上げていただいた原稿に、このゲームのさらなる「勝機」を感じました。


●オリジナルゲームの作り方、の作り方

ただ、今回のグラバー先行版制作にあたり、隠れた課題となったのは「赤瀬さんと私吉田の分業体制の構築」でした。
これがなかなか骨の折れる課題になるであろうことは、事前から十分理解していました…、し、想定していた程には実際苦労もありました。
制作を開始するにあたり、当然ながら赤瀬さんに「どういう手順で作業を進めていきますか?」という質問を受けました。
そのご質問は必ずあるだろうと思いました。それはおそらく「ニューゲームズオーダーさんでは通例どういう順序でゲームを制作していくんですか」
という意味でお聞きいただいたんだと思います。

申し訳ないなあ、と思いつつ、色々と話し合った後に一応「いったんパッケージから取り掛かりましょう」ということをお返事したんですが、
自分のその段階での本心は「実はどこからやったら良いかはわかりません」というものでした(笑)。
オリジナルゲームの制作にあたっては、実際は毎回そうなんですね。
作者の意図、アートワーク担当者の意図、製造サイドの意図。どこで攻め、どこで守るか。
いかにして箱に魅力を満たすのか。何かしらを当て込んで手順を決めはするんですが、実際どうなるかは取り掛かってみなければわかりません。
制作が現在進行形になって初めて、関係者が「このゲームをどうしたい」と思っているか、本音の所がわかってくるからです。
(逆に「そういうことはしたくない」みたいな話も非常に重要です)
そして自分としては、「ゲームの魅力を増す意図」については、可能であれば落とし込みたい。
ゲームデザイナーが一番で、編集者である自分が二番で…、というような、絶対的なランキングを関係者の中で作らないと言いましょうか。
もちろん暫定的な優先順位は置くんですが…、「有機的」というのかなあ。
(ジャンルも様々な)たくさんの要素がイメージの中で同居していて、これらの要素が調和を持って、
一つの良い方向に向かっていく、そんな想像をしています。
ゲームを良い物、面白い物にしようと参画する関係者各人が可能な限りやりたいようにやり、尊重し合いつつも遠慮はせず、
自分の意図について退くことがあるとすれば十分な納得を得た上で、できあがった時には全員が
「これは自分が一端を担ったゲームだ」と胸を張れるような…、そうしたやり方で作るのが秘訣だと思っています。
そしてその中で自分は、制作の一挙手一投足が導くことになるだろう未来を予測し、
それが(自分の想定するような)プレイヤーの皆さんにとって望ましい結果をもたらすのか、という判定基準を持ち込みます。
言わば「後にこのゲームを買って遊ぶプレイヤーの代理」をする。「風が吹いたら何屋が儲かるか予測する」係。
「これを1㎜動かしたら何が起こるか?」「ここをもう少しだけ改善する為にはどこを触ればいい?」
ずーっと、ずーーっとそんなことばっかり考えています。

外目から見ると、ニューゲームズオーダーでのゲーム作りは全くスマートには見えないはずです。
何回も変更があり、差し戻される。
いざとなれば、箱の大きさだって、販売価格だって、原価率だって発売日だって変えられてしまいますから。
いじれる要素を増やせるように、会社をやってきたわけです。いじれる要素が多すぎて統率するのは一層たいへんなんですが、
それが上手くできれば、より一層願ったりかなったりのものができる。そういう「ハードモード」が、自分達のゲーム作りのやり方です。

赤瀬さんに度々「これは私が決めた方が良いですか、それとも吉田さんが判断されるんですか」といった向きの質問を受けました。
その度、「どうするのが良いですかね」という話をしたと思います。メールでも、電話でも。
赤瀬さんにも粘り強くお付き合いいただいていく内、日を追って息が合ってきたように思いました。
形が見えてくるまでは、苦しい部分があるわけですが…、そこで頼りになったのはやはり、
赤瀬さんが応募してきたプロトタイプがしっかりしていたことと、制作の当初に描いていただいたパッケージのイラストでした。
パッケージのイラストは、ゲームを作る上でやはり「旗」になるので、大切なんです。

そして本日段階で、「どうも全ての内容物が無事出来上がりそうだ」という所まで差し掛かりました。
やっと(笑)。赤瀬さんにも今で完成状態をお見せ出来ていないのですが…、良いんじゃないかなと。
自分としては、良い所まで来れたのではないかなと、そう認識しています。


●1時間級の、楽しい、スリリングな、交渉ゲーム。

ルールPDFをご覧いただいた方はご把握かと思いますが、ルールブックが16ページ(最終ページが空なので正味15ページ)あります。
自分はルールブックは短ければ短い程優れていると考え、常々重く取っている部分なので悔しくもあったのですが…、
図や例が入っていない言葉足らず、魅力足らずなルールになってしまうことは、
ああいった形でこのグラバーを東京ドイツゲーム賞に応募されてきた赤瀬さんの意図を曲げることになるのではないか、
と考え、様々検討した後「16ページで行きましょう」と自ら決断しました。ホント悔しい(笑)。12ページにしたくはあった…。
ただまあ、これはグラバーが「ラー」「さまよえるオランダ人」「ババンク」とほぼ同サイズの箱を採用しているからで、
ルールブックの判型が例えば枯山水等より小さいためではあります。
このゲームのルールは、実際には非常に飲み込みやすく、加えて「プレイ中に間違えにくい」ゲームになっているのではないかと思います。
これは美点かなと。把握がしやすいうえ、いったん把握してしまえば、あまりルールを見返すこともなくなると思います。
多くのプレイヤーが、ゲームの攻防自体の難しさに注力できるゲームになっている。これは非凡です。
理想の高いゲームがしばしば「ぼくらプレイヤー全員の処理能力がもうちょっと高かったら、このゲームはきっと傑作なんだろうね…」
みたいな感想を抱かせるのと、対照的です。

商人としての役割を担うプレイヤーにとって魅力的な各種の施設タイル、展開を大きく変える「協力者カード」等、
「ある程度の時間遊ばせるボードゲームらしい」「期待に応えるような」華が添えられつつも、このゲームは決然とした「交渉」ゲームです。
ご存知の方は多いと思いますが、私は交渉ゲームが非常に好きですし、そういった駆け引きの遊びこそ、
何ら古びることの無い、ボードゲームのど真ん中だと信じています。
この中核に新たに組み込まれた「交渉カード」という要素。是非体験していただきたいです。
これから遊ぶ方々のことを思うと、ニンマリとしてしまいます。
交渉ゲームだからと、食わず嫌いはやめてほしい、本当に(笑)。


●先行版、4800円、1000部

価格を4800円としたのは…、当初は3800円すら狙っていましたが…、
パトロネージュや、それ以上に第一回大賞の枯山水を意識した上でのことです。
このゲームが、本腰のボードゲームを初めて遊ぶ方々にとっての、新たな突破口になってほしい。
そこで手が出る値段で1個、オリジナルゲームを出したいと、思っていました。グラバーは自分のそうした思いに、がっちりとはまりました。

ただ、これを先行版として、1000部とした理由。
一つには、時間のかかる海外製造を実行するスケジュールの余裕が無いという、弊社業務上の都合によりました。
西山の管轄する国内での製造ラインを用い、バランスを得た製品が完成しつつあります。
…厳密に言うとなかなか内容物は入っているものなので、1000部で4800円を十全に実現するには至らず、
予算としては弊社基準を飛び出ているのですが、それもまた「ゲームマーケットで1000部を販売する」という想定の上では何とかなっている。

1000部にした理由は…、やはりそれでも、「わからない」からです。このゲームが、2018年現在ボードゲームを愛好している皆様に、
そして今ボードゲームの魅力に気づき始めた皆様に、どのように受け止められるかは。
自分はめちゃくちゃ面白いと思っている。沢田も、そしてタナカマさんも口を揃えてそう言っていた。
でもその割には、今ボードゲームの主要パブリッシャーからは、こういうゲームはあまり出てきていない。
…古いんですか、こういうゲームは。

そんなことは無いよ。このゲームは、めちゃくちゃ新鮮だった。と僕らが言ってるんですけど、どうですか?
という、自分の声が届く周辺にいる、1000人ばかり、1000グループばかりの、ボードゲーマーの皆様への「投げかけ」です、今回のグラバー先行版は。

「他の人が遊んだ評判見てから買うかどうか決めます」という動き、あんまり好きじゃない。
それ、賢くない。楽しくない。自分がいの一番に買って、気の良い仲間と遊んでみりゃあ良い。
買ったゲームが面白かったら、自分の目利きを誇ればいい。
残念ながら詰まらなかったら、「チクショー!」と泣き笑いしながら、次のゲームを遊べばいい。

グラバーがあなたにとって面白いかどうか?本当は知りません(笑)。
ただ、あなたにとって面白いゲームであるように!と思って、一同頑張って作りました。
そのお代が4800円です。「何、オレの為に作ってくれたの?じゃあ良いよ、試しに遊んでみるわー」って人が、
1000人いたら良いなと思ってます(笑)。是非、グラバーは面白いのかどうか、確かめてくれたら嬉しいです。

ということで、グラバー、ゲームマーケットで発売します。
よろしくお願いいたします。

グラバーの話、第2回東京ドイツゲーム賞の一次審査のこと。

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  • 2018/04/20 05:04 午後
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http://www.newgamesorder.jp/games/glover

お知らせしていた通り、先日「グラバー」のルールブックPDFをアップロードしました。ご興味ある方は、よろしければご一読下さい。

さて、前回は前置きとして私の思う所を色々書きました。
あちらと公開したパッケージ、ルールブックを踏まえ、このグラバーというゲームの制作について、お話しして参りましょう。


●第二回東京ドイツゲーム賞・一次審査の話

自分が初めてこのグラバーというゲームを認識したのは勿論、2016年に開催した第二回東京ドイツゲーム賞の一次審査(書類審査)においてでした。
はっきりと憶えています。応募されてきた全てのゲームの中で、最も鮮明に憶えている。
何故なら自分は、手に取った応募書類を一目見て、即座に「通過」と言ったからです。
本当に、5秒も経たず、ぱらっと見ただけで判断が付きました。それ程に、自分にとっては決定的な応募書類だったのです。

東京ドイツゲーム賞の一次審査というのは、「可能性を感じたものは通過」という基準を敷いています。
(先刻ルールブックを公開しておいてなんなのですが)自分達は、
「本当に面白いゲームかどうかは、ルール文面を読むだけでは判断できない」と考えているからです。
これは過去の東京ドイツゲーム賞の審査の経験からより鮮明になった立場でもあります。
そのゲームにおける手続き。そこで何において優越したプレイヤーを勝者として評価するのか。
ゲームの一連を通じ、プレイヤーのいかなる心理的な体験を、いかに実現すべく狙いを定めているのか。
ルールを中核とした書類でアピールしてもらい、その内実を測りはするわけですが、
それが実効性を持つゲームのルール足りえているのかどうかは…、まあやはり、やらなければわからないわけです。
TVでいかに美味しそうな食レポを眺めても、美味しくは無いように。
食レポの達人であれば、もしかしたら美味しくない料理をあたかも美味しいかのように、視聴者に見せられるかもしれません。
遊ばねばわからない、しかも、そこに「面子」という野蛮な乱数を掛け合わせなければ実体を持たないのが、ボードゲームというものです。

それでは、そのグラバーの一次審査書類から、自分は何を感じたのか。
それは「自分のゲームの魅力に気付いて欲しい」「自分のゲームを楽しんでほしい」という、あふれ出んばかりの応募者の願望でした。
自分のゲームが私たち審査員の目に最大限に魅力的に映るようにという、工夫、心遣いが凝らされていた。
ラフとは言えゲームの持つムードを伝えるべくいくつものイラストが付され、プレイ風景がルールブックの余白に図解され、
程よいキャプションが付けられ…、そこには幾分のユーモアも見て取れました。

それでいて、ドイツボードゲームの文法を外していなかった。
ルールブックの構成からも「自分はドイツボードゲームの何たるかを自分なりに理解し咀嚼した上で、オリジナルのゲームをデザインしています」
ということが明確に伝わってくる。明らかに基本を知っている。そしてその上で敢えて、基本から踏み出すことに成功している。
躊躇なく自らの魅力をアピールしてきているのに、全く嫌らしさが無い。むしろその屈託の無い貪欲な手つきに対して、好ましさしか感じませんでした。


 ↑一次審査に応募されてきた際のグラバーのルールブックの一部

最上級に良い意味で、一次審査において「グラバー」は完全に浮いていました。
他の全ての候補が「礼儀正しく」、しかしながらグラバーと比較すれば「おずおずと」応募書類を出してきていた。
グラバーだけが、作者の人格、性格の良さと言ったものを端々ににじませながらも…、「『大暴れ』している」。一見して、自分はそう感じ取りました。

他の全ての候補が、書類審査において、言わばこの東京ドイツゲーム賞の審査の「序盤」然と振舞っている中、
グラバーだけが、「この瞬間に、全力で勝負を決めに来ている」。そのようにすら、自分の目には映りました。それが素晴らしかった。
別に私たちは「一次では序盤らしく振舞え」と言ったつもりはありませんでしたから。そんなルールは言ってない。本当は自由。

ボードゲームをいくつも出版してきて、考えてきたことがあります。
どういった条件を満たした作者が、群を抜いて面白いボードゲームを創造し得るのか。
ボードゲームに対する深い造詣を持ち、自らの意図したゲーム・セットを自在に完成させる技量を持っているということ、
…それは核では無いのかもしれないと。優れた技量にはもちろん敬意を抱くべきですが、技量は万能ではないのではないか。

一番大切なのは「遊ぶ人たちに、存分に楽しんでほしい」という願いを、どれだけ強く持ち続けながらゲームを生み出すか、なのかもしれない。
何としてもあの人たちを、喜ばせたいと。
そういう、エンターテイナー精神にあふれた人が、技量を兼ね備えた時、最高のゲームを生み出す可能性を持つのではないか?
ゲームを作る時。ゲームを遊び、ゲームを現出させてくれる人たちの幸せを、あなたは願っているか?
その「共作者たち」に、感謝しているか?その人たちのゲームを遊ぶ力量を信じる、勇気を持っているか?

「自分が作ったゲームをプレイヤーがどうするかは知らないよ。関知するところではない。自分は自分のやるべきことをやるだけだ」

こういう気持ちでゲームを作っている作者の方、珍しくないのでは、と思います。
おかしいとは思わない。気持ちは痛い程わかる。直視したら「あんまりだ」と思うようなプレイング。
余りにも雑な、それでいて断定的な評価。ゲームを世に問うたことがあれば、必ず目に入るでしょうから。
失敗作があふれる程に出回る状況だけに避け難いとはわかりつつも、その失敗作と一緒くたにされる価値あるゲームもまた、目にすることは珍しくない。

ただ作者が、プレイヤーと幸せな関係を結ぶことへの期待を止めて、あるいは期待を抑えて作るゲームには、
(少なくとも私たちがホームとするユーロボードゲームの領域では)、そう高くない所に限界があるのではないかと、自分は考えるのです。
プレイヤーが応えてくれない、自らの意図が一方通行となる、そういった悲しみに挫けず、プレイヤーへの期待を続けること。
「我が意を得たり」と感じさせてくれるプレイヤーの方々との、ゲームを介した合力を、強く念じること。
そういう有難いプレイヤーは、あるいはプレイヤーのグループは、ゲームを長く遊んでいるとか、たくさん持っているとか、
勝ち方を知っているとか、そういったこととは無関係に、世の中に点在している。
その人たちに、このゲームを届けたい。その人たちに、遊んでみて欲しい。喜んで欲しい。
そしていつかそういう人たちが、少しずつでも、一人ずつでも、増えていってほしい。
自分は、こういった願いがボードゲーム作りの肝だと、考えています。

一次審査を経て、自分はグラバーがきっと面白いゲームであろうと、確信したか?
答えはノーです。遊んでいないから、わかるわけがない。ただ、「このゲームが面白かったら、素晴らしいんだけどな…」と思いました。
「グラバー、面白いゲームであってくれ」と願いました。その期待が、一瞬で自分の中に生じました。
上に書いたような自分の「面白いゲームを作り得る作者とは…」という考えに、この上なく合致するものを感じたからです。
これが私が持った、グラバーへの第一印象でした。

というところで一回切りましょう。すぐに続きを書きたいと思います。

グラバーの話、の前置き。

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  • 2018/04/17 09:01 午後
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さて…、先日Twitterにてお伝えした通り、第2回東京ドイツゲーム賞大賞受賞作品「グラバー」を、
晴れて5月、ゲームマーケット2018春にて発売する運びとなりました。

「東京ドイツゲーム賞とは?」等々、どの程度ご説明すべきかと言うこと自体、
初めて同コンテストを開催した2012年以来、なかなかの月日が経っていますから、難しいですね。
2018年現在、国内でのボードゲームの領域は、本当に広がったと感じるからです。
ボードゲームが拡散した(してしまった)、と言ってもいいでしょう。

一昔前、と言ってもほんの数年前までは、大抵のボードゲーム関連のニュースはネットと口コミの連絡網で隅々まで伝わっていたし、
それが伝わっている範囲こそが「自分達の(限られた)領域」だ、という共通意識があったように思います。
勿論実際に柵が立っていたわけでは無いんですが、今よりも「中」と「外」ははっきりしていたような記憶があります。
ちょっと大仰ですが、「自分はボードゲーマーだ」という意識を共有している当事者が占めている範囲が「中」でした。
今では、自分のことをボードゲーマーだと意識する必要も無く、手の届く場所に、ボードゲームを遊ぶ機会がありますからねえ。

それ自体は普及の一側面ですから悪いことでは無いですが、これは同時に「ボードゲーマー」ってこういう価値観の人間だよね、
という言外の「約束事」が、ボードゲームが遊ばれる現場で日に日に通用しなくなっていったということでもあります。
「一定以上の内容のボードゲームを遊ぶ上では実技試験と面接を受けて免許を取得する必要があります」とか無いですからね。

「このゲームを遊ぼうという人には、このゲームを『いかに楽しむか』ということへの理解と共感の裏打ちが求められる」…、
という「普通」が、昨今は、より一層通用しない。過去においては十分通用してたのかホントに、というのは勿論眉唾なんですが、
その過去と比べても一層そのコンセンサスが頼りなくなっている、ということです。
そうなると…、それに比較的頼らないで済む、「ローコストの労力でまずまず遊べる」みたいな商業ゲームが増えてくることになる。
ワーカープレイスメント大活躍というわけです。

面白いゲームを遊び続けたいなら。プレイヤー同士の(ゲームの結果の勝敗、強弱とはまた違う)「お主、できるな」という感覚。
ゲーム毎に異なる、「遊び方」「活かし方」を察知する感覚は、自分は今なお、何ら後退することなく必要なんだと思っています。
ボードゲームは、座ってて手番をやっておきさえすれば楽しくなることをお約束します、なんてものでは決してありません。
そんな、遊園地の人気アトラクションみたいなものではない。頭と心をフル活用せねばなりません。
プレイヤーに多くを求めずそこそこ遊ばす、みたいなゲームには傑作は無い。
頑張って作っても、「まあ、一応遊べるね…」「へえ、便利だね…」みたいなものです。

ボードゲームはプレイヤーの遊び心を活かすものであり、プレイヤーはデザイナーの願った遊びの実現を担うものです。
その呼応に立脚せずに、面白いボードゲームを実現させるのは不可能です。ボードゲームは人力だからです。
そしてプレイヤー同士もまた、競いながらも活かし合うものです。
ボードゲームには、緊張感のある課題があり、プレイヤー同士の対立があり、達成の喜びがあるものです。
勝つことは達成の一部に過ぎません。競争を通じて共に遊び、楽しみ、有意義な時間を共有するということこそが達成の根幹です。

日本国内でボードゲームを普及させたい、という動きの中で頻繁に言われてきた「ボードゲームは『簡単』で『面白い』」というアプローチ。
私は反対です。ボードゲームは「難しい」からです。ともすれば、作者に突き付けられ、プレイヤー同士が突き付けあう恐さがあるものです。
だからこそ、共に楽しめた時、嬉しいものです。作者の意図に応えられた時、それは誇らしいものです。
どんなにシンプルなものであっても、楽しく遊べたならそれはそのプレイヤーグループが成し遂げた偉業です。
難しいからこそ、その活動を通じて価値が生じるのです。

東京ドイツゲーム賞の方向性について語る時、「90年代ドイツの」「古き良き」と言う言葉で思わず説明してしまいがちなのですが、
自分は「90年代」にことさらこだわってはいません。
90年代に、自分達が大いに楽しみ敬意を抱いたいくつもの作品があったことは勿論そうですが、古いから尊重しているわけではない。
最近リリースされている「新しい」ということになっているボードゲームにつまらないものや大したことないもの、
そして隣近所のジャンルとの安易なブレンドが多いから、その「新しさ」を否定しているだけです。
手先では色々なことをやってはいるものの、結局は焼き直しだよ、それ…、というものは枚挙に暇がない。
新しさとは、プレイヤーの心に生じる新鮮な感動であるはずです。
そのレベルに達した「新たな遊び」が、そう頻繁に現在実現されているとは、到底思えません。
それ、本当にTCGより面白いか?本当にRPGより面白いか、ミニチュアゲームより面白いか?という疑問もしばしば感じます。
お茶濁すねえオイ、という海外メジャーパブリッシャーの商業出版、もう見飽きました。「へ~、そう」って印象をもたらすものが多すぎる。

最近出ているゲームだって、面白いものは面白いです。素晴らしいものは素晴らしい。
でも率で言うと少ない。仕方が無くはあるんです。面白いものを作るのは、本当に難しいから。
でもそんな中で、良いはずのものがどうしても目立たなくなってしまって、見過ごされていく。
出さなくても良い、遊ばなくても後悔はない、くらいのレベルのゲームが多すぎて、どうしても遊びたい、遊ぶ価値があるものを見つけるのがしんどすぎる。
長くボードゲームを遊んでいる人たちも、その状況に薄々気づいて悲しくなってるからこそ、
出てくる新作ゲームに対して擁護的になって、良かった探しみたいになってる気もします。

ニューゲームズオーダーは過去の名作を復刻して出してるわけですが…、まあ、過去の名作、ホント面白いわけです。出す度にため息が出ます。
「こんなに面白いゲームがこれだけもうあるのに、まだ新しいの作るの?出す意味があるもの、作れる?」いつも自問しています。


…と言った私の現在の心境を乗り越えて、今回グラバーの出版となります。随分ハードルを上げましたかね(笑)。
作者の赤瀬さんはこのゲームが評価されるのかご心配いただいている部分があるので、
こんな風にハードル上げないで、と思われるかもしれませんが(笑)。

ただ、グラバーが大賞を取った、最たる理由。それは、上に自分が書いたような、(とりわけ商業の領域での)
ボードゲーム出版の袋小路とは一線を画した、瑞々しいゲームが実現されていたからです。
爽やかな、ボードゲームの面白さに溢れている。
「ボードゲームって、最高に面白いよね!」という気持ちが満ちている。
遊んでくれる方々の楽しむ力に、無邪気と言って良い程に期待している。
審査員一同、その爽快さに、心洗われるような感動を覚えました。

「そうだよねえ!良いんだって、こういうゲームを出せばさあ!」

近年のボードゲームが「プレイヤーに求める出力の負担を軽減させる」方向に向かった理由。
そこには間違いなく、出版社サイドの「たくさんの部数を売りたい」という商業的事情があったと確信します。
規模拡大した後の商業の現場が、安定収入を当て込んでるからです、簡単に言うと。
90年代ドイツの、ボードゲーム専業で生計を立てる人が少なかった状態と、
現在の、多くの人がボードゲームで月給をもらっている状態の差。
より部数を売りたいから、今まではボードゲームを買ってもらうレンジに入っていなかった人まで顧客に含めたいから、
安易に薄めて出そうとする。譲っちゃいけないものまで、譲ろうとする。

ボードゲームが広まるのは、自分も嬉しいです。自分が本当に素晴らしい、面白いと感じたものが、
より多くの方々に楽しんでいただけるようになることは。
でも、面白さを薄めて割り引いて、ボードゲームの本来的に難しい心臓部を取っ払ってまで、広めますか?
それは最悪です。そんなんだったら、自分は広まらなくてもいいです。分かる人が、分かればいい。
分かってくれる人が増えたら嬉しいけど、まだ分かってない人に伝える努力を怠って、分かってるかのように扱ってお金を取るのは無いでしょう。
そんなことをしなければお給料をもらえない局面になったなら、私はこの仕事を続けることは選びません。
そんなやり方に自分の人生の時間を費やす価値は感じません。

自分達が人生の時間とお金を費やして生み出す価値があり、皆さんに人生の時間とお金を費やしていただき遊んでいただく価値があるゲーム。
それが今この「グラバー」だと考えていますので、…発売するわけでございます。

ということで、今まで以上に鬼気迫った前置きとなりましたが、グラバーの内容には全然行かないという(笑)。
近日中にルールのアップロードと、ゲームマーケット受け取りの予約受付(全額前払いをお願い予定)をご案内する予定です。
価格は4800円、今回の製造は1000部、予算はなかなか飛び出てる、ということで…、
是非「自分ボードゲーマーだけど」と言う方には、お試しいただきたいなと考えております。
ご興味ある皆様、是非!続報お待ちください。よろしくお願い致します。


4月始まってる。

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  • 2018/04/06 08:42 午後
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先日のハイソサエティからグラバー、パラノイア:ハイプログラマー等にわかにやってた仕事の発表ごとが重なってますなあ。
と唐突にブログを更新するのも逆に怪訝に思われるかもしれないくらい更新が不定期になっていますが(笑)。

時が経って改めて思いますが、基本姿勢としては近場では通じるコンテクスト盛り盛りの表現を連打してしまう性分なもので、
あんまり踏まえていただかなくても分かっていただけそうな感じで書くのが年々たいへんになってきたのが、
ブログが止まった一因なんですよね(笑)。
2006年あたりからブログを書き始めて、最初のころ卓上ゲームについて「こうした方が良い、ああした方が良い」と吹いていた色々なことは、
ここ2~3年くらいで割合と実現できてきた部分もあって。
最初のころは飛んだドン・キホーテ登場、みたいに扱われてるなこりゃ、という自覚も結構あったんですが、
そうは言っても自分の見立てじゃ実現可能な範囲に未着手なことたーくさん転がっちゃってるからなあ、
「ここに使えるものが落ちてるよ」「もったいないわー」みたいな話を言い出したい気持ちが止まらず。
他の人たちは「え、そこら一帯に落ちてるのってスクラップじゃないすか?」みたいな返答をくれがちだったですが、
「いや~、ちょっと直せば使えますって、直せたらお手柄、おいしいですって見ようによっては宝の山」
みたいなことをずーと言ってました。

ゴミっぽくなってるけど実は使えるもの、を拾い上げて直してキレイにして、というのはそれなりに手間もかかるしお金もかかる、
そしてなによりコツがある、ということなんですが、まあほとんど発想法の問題なんですよね。
みんなちょっと、薄汚れちゃってる現状に執着し過ぎ見つめ過ぎじゃない、と(笑)。

自分はこんな感じで思いついたからこういうモチベーションを持ってこんなん出したんですよねー、
ということを断片的に製品づくりの話にしてお届けしてますが、なんかもうちょっと総論的にまとめて書きたい気もする。
まあ時間があったらそのうちに…と言って適当に締めるブログは結構懐かしい感じ(笑)。
自分の仕事の時間確保する為にも、最近ちょいちょい視界に入る有料文字コンテンツでも始めようかなあ~、ニーズがどれほどかはわかりませんが(笑)。

ハイソサエティ日本語版を、新規仕様で発売します。

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  • 2018/04/05 08:20 午後
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http://www.newgamesorder.jp/games/hig...ty_jp_2018

先日Twitterにて発表しました通り、ライナー・クニツィアの競りゲーム「ハイソサエティ」を、新たな日本語版として今月発売致します。
価格は1800円。箱サイズは弊社の「コヨーテ」「フェレータ」と同サイズにさせていただきました。
アートワークはママダユースケさんにご担当いただいております。

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さて、このハイソサエティの日本語版というものについて、どこからご説明したら良いでしょうかね!
ニューゲームズオーダーとして、以前にもアメリカのフレッド・ディストリビューション(グリフォンゲームズレーベルの運営者ですね)
が出していたハイソサエティのローカライズ版を販売していたので、
以前より長らく弊社の出版をチェックされてきた方々からすると、そう大きなニュースでは無いとお感じかもしれません。
ただ自分達としては、今回の(ブラッシュアップを終えた)ハイソサエティのリリースは、
長らく待望してきた「一歩前進」と言えるもので…たいへん嬉しいです。
一つの「結論」を出せた、と申しましょうか。

このブログを遡ると、自分達がフレッド版ハイソサエティの日本語化をオファーされたのが2008~2009年頃だったことがわかります。
ニューゲームズオーダーの現在の絶版名作復刻、というのはリオ・グランデゲームズやフレッドの動きを参考にして
「そうか、そこに掘り起こすべきニーズがある」「もっと歓迎される有効なやり方がありそうだなあ」という示唆を得て始めたわけですが、
中でもフレッドに誘われた「小箱版のハイソサエティとフォーセール」が自分達に与えたインパクトは非常に大きなものでした。

「へえ、本当に小さく作ったんだね」

普通だったらこれで済んでしまう話だったかもしれませんが、あの仕様は当時の自分達にとり、天啓に近いものがあったのです。

Fred社で当時中心的に製品の制作を担当していた方がいたんですが(現在は退社)、
その方が10年前「送料や保管費をできる限り低減して北米から遠くにゲームを流通させる実験」
として作ったのがどうやらあの「極小の小箱版」だったんですね。
だから、北米ではあの小箱バージョンのハイソサエティは流通しておらず、
自分達はアジア向けに彼が作ってみようとしたカードゲームの実験に付き合った形でした。
ハイソサエティ日本語版相乗りのオファー自体願ったりかなったり、というのはもちろんだったのですが、
加えてこの「小箱で」という試みには非常に大きな意義を感じたのです。

流通コストの低減、そして収納性や携帯性の向上、といったことは、
放っておいたままでは思うようには売れていかないホビーゲームの出版を、
商業としていかにして成立させていくのか、ということを考え進めていく上で、
国境を越えて分け入るべき優先事項だったと、今改めて思います。
足りない尽くしの状況で、どこから商業的な余裕、収益性のプラスを持ってこようかという時に、
「箱の空気を切り詰めてみよう」という発想に至ったという点で、その担当者と私たちは非常に気が合いました。
アメリカのボードゲーム会社の多くが「大箱礼賛」と言いますか、ビガー・イズ・ベターの固定観念を持っていた
(大箱の存在感でアピールすべき売り場に立脚すると当然の考え方だったんだと思います)一方、
フレッドも自分達もそういった(スーパーや大型玩具店のような)売り場へのアクセスを実質持っていませんでしたから、
固定観念さえ捨てればこれは合理的な方向性でした。
それに、振り返ると結果的には、その後の流通状況の変遷にのっとった仕様変更でした。

なにぶん日本では、今日のようなボードゲームが広がりを得る前夜の話でしたから、
その時出したハイソサエティは、好評を得はしましたが、売れ行きは細々としたものでした。
ただ少し前に品切れとなり、以降ハイソサエティの供給は途絶える状況となっていました。


自分達は「フレッド小箱版のハイソサエティの在庫がいつか完売したら、独自仕様のハイソサエティを出そう」
と考えていました。
ポイントは

●アートワーク
●タイル
●箱サイズ

の3点でした。
ここまで全く触れていませんが、ルールはもう、私たちが言うまでもない傑作なので。
自分は15、6の時にモダンアートを遊んだ直後、将来ボードゲームを広める仕事をしようと決めた…というざっくりした経緯を良く話していて、
モダンアートを「自分の人生を決めたゲーム」と位置付けているのですが…、
今現在、「モダンアートとハイソサエティは、どちらが『良い』ゲームだと思う?」と聞かれたら…ハイソサエティと答えますね。
自分達にとっては、全てが望ましいです。ハイソサエティは、それ程決定的なゲームだと考えています。

と、疑いなく決定的だと信じてきたハイソサエティなのですが、どの版についても、製品仕様は決定的に思えなかった所があります。
ラベンズバーガーから出版された初版のハイソサエティは、プレイヤーが獲得を争う16枚のカードは、厚紙タイルだったんですよね。
フレッドの小箱版はこれがカードに代わっていた。ミニマルに、と考えるとそれはそうだよな、と思う一方、でも「できればタイルだったら良いなあ」
と感じさせもするものでした。
フレッドの中箱版(全世界流通の通常版)はタイルになっていたんですが…、ラベンズ版より箱が大きかった。
フレッド中箱は弊社「古代ローマの新しいゲーム」以降さんざん踏襲してきたサイズで、一つ弊社のスタンダードサイズとして採用したのですが、
カード・タイル以外コンポーネントの無いハイソサエティには、やはり少々大き過ぎた。

というか、箱自体で言うと、ラベンズ初版も少し大きかったんですよね。
今でこそラベンズのカードゲームでもいわゆる「アミーゴサイズ」に近い箱が採用されていますが、多分当時のラベンズ的にはそれは「無し」だったのかなと。

自分としては、「オリジナルアートワーク」「タイル採用」「概ねアミーゴサイズ」、で1800円、という「ハイソサエティ」が欲しい、というのが答えでした。
ちなみに過去アミーゴから一度このゲームは(カードゲームサイズで!)リリースされていますが、
タイトルが「珍獣動物園」となっていて、動物を買い付けるテーマに変わってましたね。
実は自分が初めて遊んだハイソサエティがこれでした。
『へ~、珍獣動物園てゲームですか』と買ってきた沢田に言ったら『違う、これはハイソサエティだから!』と言われて
『どういうこと?』と疑問を呈したことを今も覚えています(笑)。

55枚のカードと16枚のタイルをコヨーテサイズの箱にきれいに収めて…ということ自体、数年前であれば「言うは易し」という状態だったのですが、
昨今たくさんゲームを制作してきたノウハウを投入した結果、適切な紙を選んで上手く箱に収めることができたように思っております。
最小サイズ、という形では無くなりましたが、一つのポピュラーな小箱に、
タイルを採用したハイソサエティを収めましたので、自分としてはこれが一つの答えかなと。
私以上にこよなくハイソサエティを愛する沢田が先日、完成品サンプルを見て
「こうなるまでなかなか時間がかかったね」とつぶやいていたのを聞いて、なかなか良い物が作れたんでは無いかな、と実感しました。

この機会に是非、未プレイの方はハイソサエティ、遊んでみていただきたいですね。もちろん遊んだことがある方々も改めて!
一生懸命頑張らないと勝てないんですが、一生懸命頑張っても勝てない時は勝てない(笑)。
そんな厳しくもおかしみのある展開が愉快な競りゲームです。
「勝ち得る」一人になれれば上等で、「あ~、このゲームは本来自分が勝つべきだった!」みたいな負け惜しみを笑いながら言うと楽しいです。
是非、ブルジョワらしからぬお小遣いのやり繰りに苦しみながら、一喜一憂していただければ幸いです。
このゲームをより多くの皆さんが遊んでいるような風景が現出したら、まあ自分は人生の目的を達成したようなものですね。
そういうことを狙いつつ、近日ハイソサエティ販売開始します、よろしくお願い致します~。

ビザンツ日本語版、発売しました。

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  • 2018/03/20 06:32 午後
  • 投稿者:

http://www.newgamesorder.jp/games/byzanz

さて、ニューゲームズオーダーのTwitterで既にご案内しており、随時出荷も開始しておりますので前後しますが、
この度カードゲーム「ビザンツ」を日本語版として取り扱いすることになりました。価格は税込2160円となります。

このゲームを説明するのはちょっと難しいわけですが、元のAmigo社版がメビウスゲームズさんでお取り扱いされたのが2008年暮れ頃だったはずです。
すなわちそれは、ドミニオンの発売とほぼ同時期だったということで…。
このゲーム「古い」のか?「比較的新しい」のか?どうなんでしょうね(笑)。

1995年にカタンが出たのをきっかけに、ドイツのボードゲームの魅力が世界に拡散して…、
というお話は私自身も繰り返しご説明することなんですが、そこからでも23年の時間が経ってまして。
おおよそカタンと「同期」と見なされているような、1990年代前半~後半のゲーム(バルバロッサなんかホントは1988年作です)は、
「面白い名作が絶版になっていたので復刻します」という一文で言い切っても、皆さんからのご理解を得やすい「熟成してる感」があります。
(復刻させている自分たち自身も「良い折」と感じている節が間違いなくあります)

一方、2000年代にも、もう2010年代前半にも、「面白かった…けど、広くは気づかれずに通り過ぎて行った」ゲームは、
思い起こせばいくらでもあったとも、感じている部分があります。

ビザンツ。このゲームを始めて遊んだ2008年時点の自分達の感想は、
既に「Amigoさん、こんなゲームまだ出す気あったんすね!やった!」というようなものでした。
「自分達が面白いと思うゲームがジャンルの周縁に追いやられていってる」という実感は、当時ありありと持ってました。
ニューゲームズオーダーを始めたのが2009年でしたから、良く覚えています。
ドコスコと流行っていくドミニオンと、自分達にとっては面白いのにそこにあるビザンツ。
そりゃあハンバーグの方がサバ味噌よりキャッチーかもしれないが、サバ味噌をメニューから外しちゃって、
みんなハンバーグ屋になって、本当にいいのか?と。なんでかって…サバ味噌だって、美味しいですからね(笑)。

ビザンツというゲーム、自分は忘れたことは無かったわけですが…、海外にも同じような考えのパブリッシャーがあったようで。
フィンランド、ラウタペリ社(ボトルインプも出したところですね)が新たに出版する、という話が飛び込んできました。
最初の感想は「おっビザンツ、…出せるのね。さてどう出そうか」というものでした。
ラウタペリ社版の仕様次第では、独自アートワークの日本語版に動いたほうがいいかな…、と思っていたんですが、
見た所ラウタペリ版も十分良いものだったので、「これは手早く相乗りオファーの方が良いな」と判断し、
早々に連絡した所、歓迎していただけ、スピーディに話がまとまりました。

箱・ルールのローカライズはしているものの、仕様や製造は向こう任せとなっていますので、
ウチで言うとコンコルディア等と同じカテゴリーの仕事になりますが、
ともあれ半端な所に置き去りになっていたこのゲームを手元に引き寄せられて、良かったかなと感じています。
またしても競りゲームなのですが、…私自身、個人的に相当好きなゲームです。
アンテナの高い方は既に入手されていたと思うのですが、今これだけ国内で増えたボードゲーマーの皆さんのことを思うと、
今少し入手しやすくすること、気付きやすくすることには意義があるかなと思いますので、
「ちょっと気になったぞ」という方はあそんでみていただければ幸いです。

問題は向こうの生産体制の都合上、こちらがオファーしたより少なく2000部初版となったことですが…、
まあこれが不足なようだったら、時代が変わったんだという実感と共に嬉しい悲鳴ですね(笑)。
ともあれよろしくお願い致します。

ボードゲームのルール細部の解釈周辺についてのニューゲームズオーダーの本音のお話です。

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  • 2018/03/06 04:52 午後
  • 投稿者:
今般弊社がローカライズを担当しているゲームについて、ルールが不明瞭な部分がありご質問をいくつかお受けしております。
特にルールが多かったり複雑だったりするゲームで、「これはどうしたらいいんだろうね」「これはどっちなんだろうね」
という状況につきあたることは少なくないものと思います。

ご面倒をおかけしておりますが、一つ「誤解を解く」お話と申しますか、ゲーム制作の現場にあたっての
「不思議な板挟み」のお話をしたいと思います。

ローカライズにあたっては、日本語ルール製作段階でも、「このルールはっきりしないなあ…」
という状況に陥ることは、新作旧作問わず、少なくありません。
ここでもちろん作者や原語版メーカーに問い合わせるわけですが…、意外と答えが返ってこないんですよね。
作者メーカーを問わず、「え?何の話だっけそれ?」みたいな反応、良くあるんです実は。
(あと答えが返ってきても「その回答では不十分なのでは…」みたいなものに留まることもしばしばあります)

メーカーの制作のトップとしての態度を問われそうなことを敢えて言ってしまいますが、
自分が制作の上で「『完璧』なルールブック」を追及しているかと言われると、Yesとは言い難いです。
実情としては、皆さんがゲームを楽しんでいただく上で、「概ね問題が無い」ルールブック、というあたりを想定しています。
「完璧」を目指しますと、コストが跳ね上がります。出版スケジュールは遅れ、販売価格が大きく上がってしまうのです。
ですから「ほぼOK」を「完璧」にすることでメリットを感じる方の人数と、なかなか販売されなかったり、
高くなったりすることでデメリットを感じる方の人数のバランスを意識している、といった状況です。
また、私やニューゲームズオーダーの各人が「ほぼOK」くらいのルールブックで特段問題を感じないから、ということでもあります。

※「ほぼOK」というのはどうしても曖昧ですが、今ニューゲームズオーダーから出版されているゲームの
ルールブックの状態がそれだとお考え下さい。

ルールブックが不明瞭な理由には大きく3つあって、

1. 日本語(翻訳もしくは記述)の不備
2. 原語の記述の不備
3. 作者/原語版メーカーがそもそもルールを確定させていない

といった感じです。各案件についても明確に区別できるわけではなく、これらの理由が併発していたりするわけですが。
意外に感じられると思うのですが、3は多いです。
例えばヴァス・シュティッヒを出版する際、カール・ハインツ・シュミールにいくつかのルールについて明確化を求めたら、
「そっちで決めて良いよ、いずれにしてもゲームの面白さは保たれそうだから」という答えが返ってきたりしたこともあります。
決まってなかったか、忘れたかのどっちかだったんだと思います。
その時は、「いや、過去の名作のルールを(細部とは言え)自分達が確定させるんですか…」と戸惑いましたが、最近はそうした事態にも慣れました。

ゲームの面白さが損なわれてしまうようなルール/ルールブックの不備は、もちろん極めて重大です。
ただ、「味がちょっと変わるけど、まあこれはこれで美味しい」みたいなことですと、途端に作者/メーカーの態度は変わります。

欧風ボードゲームのルール作りにおいて、デザイナーのこれくらいの態度は意外と「平均的」なのではないかな、
というのが自分が経験してきたうえでの印象ですし、実の所私も、この位の気持ちです。

「参加者がみんな楽しめて、何とか遊べるんならどっちでも良いんじゃない」
「ゲームの面白さが根底から損なわれるような部分でないなら、良いんじゃない」

という感じです。

「全プレイヤーが完全に同じルールを共有した状態で競技性を担保してプレイする」という方向性を、
ニューゲームズオーダーの出版物は志向していません。
(だから私たちは自社のゲームで競技前提のトーナメントを開催しておりません)
テーブル毎にルールが異なりますと、外のグループでプレイする時に解釈ずれが生じたりして一定ご面倒だとは思うんですが、
…プレイヤーの皆さんには、その場のすりあわせで引き取ってしまっていただきたい部分も正直あります。

ボードゲームを出版する各社の態度によって異なると思いますが、私達としては、
遊ぶ上で"ほぼ"問題無く遊べる基準にして、皆様の実際の利便が最大になればいいと考えております。
もちろん個別的には、必要に応じてルールの明確化も行って(原語版メーカーに求めて)まいります。

(具体的にはインペリアルのルールはいくつかPD社に問合せ中です)

都度自分達の役割を考えながら、ボードゲームの出版事業をやってまいりたいと思っておりますので、
引き続きよろしくお願い申し上げます。
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